「山の恵みを活かす知恵」

伏見康司 株式会社伏見建築事務所 代表

木造住宅の大工。林業の現状を山で知る。地域材の連携体制化の家づくりを提唱された時に、特に吉野の杉、桧を川上村で承知する。製材された木材の特性をよく理解し、職人の技能を活かした家づくりに取り組んでいる。


 吉野郡川上村は奈良県の南東部に位置する吉野林業の中心地です。また、吉野川(紀の川)の源流が位置する村であり、山と川を守るために森林の整備を基本にしながら、持続可能な自然環境の好循環をめざしている村です。この地には太古から、樹木の生育のために必要な土と水が、恵まれた環境により蓄えられ、その自然と風土により、豊富な天然林が山々を覆い茂っていたことが想像できます。7世紀、やがて、役行者により知られる山岳修行の場として盛んになると、その地に根付くため、寺院や坊が建立され、天然の樹木はその用材として利用され始めました。吉野山の金峯山寺の蔵王堂の柱は、多くの種類の樹木が、その大断面を有効に活用され、原木の曲がりをそのまま利用するなど、自然な形で今も立派に本尊を守り続けています。 

時は流れ、材の需要が高まると、この地の人々は植林を始めたのです。室町時代のこと、記録に残る日本最古の人工林の始まりです。戦国時代には、城などの建築用材としても重宝され、伐採した木は筏組みをして吉野川を下り、市場へと流通したのです。大阪城、伏見城にも吉野の材が用いられたといいます。江戸時代には木の特性が樽の用材として適していると、「密植」「多間伐」「長伐期」という独自の育林方法や「借地林業」「山守と山主」という独特の制度を確立し、川上村は発展しながら、日本の林業を牽引してきました。日本建築の様式が住まい手に受け入れられていた昭和の時代まで山は活発でした。需要があれば、集成材の単板として、表面だけでも製品として良材を提供してきたのです。

画像:一部、川上村ホームページから引用

 日本の森林の多くは、戦後の復興期に植林をされた樹齢、60年から70年の杉や桧で、その多くが伐期を迎えようとしています。ここ数十年、外国産木材の輸入による犠牲で、経済の問題もさることながら、環境においても悪循環に陥っています。森林資源を取り巻く経済と、環境の循環はどの時代においても同じで、その時々でうまく需要に応えながら循環してきました。また、知恵と工夫で乗り越えてきたのです。「密植」「多間伐」「長伐期」の育林方法は偶然と呼ぶには余りあるほどの成果をもたらしました。「密植」することで年輪の間隔が細かな木が育ちました。育つうちに日当たりの悪いところは、自ら枝を落としました。常緑樹ではありますが、不要な葉は枯らせて落とすのです。枯れた枝は、生活に必要な火の焚き付けになり、落ちた枝や間伐された細い木は薪として利用されました。落ち葉を拾い集めることで、清掃は行き届いたのです。通直で円に近い形をした木をそろえるための間伐は15年から20年に一度行われ、間伐ごとに様々な用材として、利用され、市場で換金されたものが山の手入れや植林に還元されました。環境に対しては、間伐により開けた空からの木漏れ日により、適度に地表を覆い、生えた下草は、降雨による土砂の流出を防ぐ役割や保水により、時間をかけて根に水分を供給する役割、そして、森の生態系にも重要な効果を発揮していたのです。 

 40年前に植林をされた森が、好循環や悪循環の岐路に立たされている顕著な風景を作りだしています。ある時期の間伐で出した材の価値が、遜色を示すとなると、それ以降は出材を見送ります。出す時期を思案するうちに間伐の時期が遅れます。山主は山守の催促にも応えられなくなり、還元されない山は手入れが行き届かなくなります。それと同時に施業をする人材もいなくなり、経済的にも、環境においても悪循環を繰り返します。 

  森林資源とともに生きてきた私たちです。その資源を住宅建築や生活様式の中で活用をしてきたこと、つまり木を使うことは文化です。政策によって左右される流行ではないのです。流行ったものは廃るのです。継続してある一定の量の好循環を考えないといけません。源流に還元するために、または、好循環を呼び戻すために、私たちが携わっている建築の分野で出来ることは何なのでしょうか。ひとつは知ることです。山のことを、木のことを。建築に携わるそれぞれが、一昔前の様にたくさん木を眺め、木を触り、その特性を知ることです。良いところはもちろん、不具合もあります。向き合いましょう。もう一つは絶やさないことです。間伐をする木や育て続ける木の目利きができる山守の継承。製材所は、木をその目で見て挽きたて、目的をもって木を流通しさせることです。大工は木の癖を見極めながら、継ぎ手や仕口の墨を付け、適材を適所に配した木組みをする。原板からよく見える化粧材の木造りをし、先人達の工夫を活かして造作材を納めることです。設計者はその地の風土を形にしてきました。地道に受け継ぐことでしょう。  

  知ってもらう作業も必要です。一般の生活者に。何も不自由がなく生活をしている人たちの意識の中に、どれだけ気に留めてもらうかです。それは山を見てもらい、現状を見てもらう。木を切ることがよくないことなのか。必要なことなのか。製材された木の端材は、細い切り落としまでもが有効に利用されるのです。精魂込めて取り扱われた用材の、不具合が出る以上の良さがあることを知ってもらうことで、愛着が深まるのです。吉野の山の木を使って家づくりを完成した家族の子が、森の見学から完成に至るまでの報告を小学校の自由研究の課題として発表をしてくれました。 

  幾度となく時代の荒波を乗り越え、需要と供給のつり合いを保ちながら、今日まで受け継がれてきた山。私たちは、この素晴らしい資源を多方面へと活きて流す源流となり、その活用により好循環を呼び戻す役目を託されています。山里で育った森林の資源が、流れ着く先で、まち並みの景観形成やくらしの中まで入り込んでいます。切っても切り離せない木の文化を引き継いでいくひとつの知恵は、私たちのなかにもあるのではないでしょうか。